「もう人生終わったかもしれない」
私は本気で、
そう思った日があります。
大げさではありません。
あの時は本当に、
未来が真っ暗に見えていました。
長く続けてきた仕事。
当たり前だと思っていた生活。
積み上げてきた立場。
それが崩れた時、
人は思っている以上に、
自分を見失います。
特に50代になると、
現実が重い。
若い頃みたいに、
「また一から頑張ればいい」
と簡単には思えません。
年齢。
体力。
収入。
世間体。
老後。
いろんなものが、
一気にのしかかってくる。
私も最初は、
頭の中がその不安でいっぱいでした。
眠れない。
食欲も落ちる。
何をしていても、
将来のことばかり考えてしまう。
外へ出ると、
周囲だけが普通に生きているように見える。
自分だけ、
人生から落ちたような感覚でした。
特につらかったのは、
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「自分には価値がない」
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と思ってしまったことです。
長年同じ仕事をしていると、
人は知らないうちに、
“仕事=自分”
になっていく。
だから、
その場所を失うと、
急に空っぽになるんです。
私は長い間、
「ちゃんとやらなければ」
で生きてきました。
真面目に働く。
期待に応える。
迷惑をかけない。
でも、
人生は時々、
そういう積み重ねごと崩してくる。
そして、
崩れた時に初めて、
「自分は何者なんだろう」
と分からなくなる。
私はあの頃、
かなり焦っていました。
早く立て直さなければ。
取り戻さなければ。
周囲に置いていかれる。
でも、
苦しい時ほど、
人は無理をしてしまう。
そして、
無理をすると、
さらに心が削れていく。
だから私は途中から、
考え方を変えました。
人生を一気に立て直そうとしない。
まずは、
今日を越える。
ちゃんと起きる。
働く。
ご飯を食べる。
眠る。
本当に、
それだけの日もありました。
でも今振り返ると、
あの時必要だったのは、
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「劇的に変わること」
ではなく、
“完全に止まらないこと”
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だった気がします。
私は今でも、
人生を立て直している途中です。
不安が消えたわけではありません。
将来も怖い。
収入のことも考える。
若い頃みたいに、
何でもできるわけでもない。
でも、
あの日、
「もう終わった」
と思った場所からでも、
人は少しずつ動けるようになる。
これは、
実際に経験して分かったことでした。
もちろん、
失ったものもあります。
戻らないものもある。
でも、
全部を失ったわけではなかった。
家族。
積み重ねた経験。
続けてきた習慣。
小さな誇り。
そういうものは、
意外と残っていました。
そして、
苦しい時ほど、
そういう小さなものに支えられる。
もし今、
検索画面で、
「もう人生終わった」
と打ち込んでいる人がいたら、
私は伝えたいです。
本当に終わる人は、
「立て直したい」
とも思わなくなる。
だから、
今こうして、
苦しみながらも何かを探している時点で、
まだ人生は続いています。
一気に変わらなくていい。
まずは今日を越える。
50代には、
50代の立て直し方がある。
私は今、
そう感じています。
人生は、何歳からでも立て直せる。
