「覚えられないんですよねぇ…」
夜勤明けの休憩室で、
僕は紙コップのコーヒーを見ながら言った。
若手君が少し笑った。
「いやでも、普通に覚えてる方だと思いますけど」
「いやいや。さっき聞いたこと、
もう飛んでますからね」
「それはみんな同じですよ」
「いや、50代は違うんですよ。
飛び方に重みがあるんです」
若手君が吹き出した。
「重みってなんですか」
「絶望感です」
また笑う。
少し静かになった。
休憩室の有線の音楽だけが流れていた。
「でも実際、
50代の転職って、
覚えられないことが一番キツいと思ってました」
僕はそう言った。
「違うんですか?」
「最近ちょっと違う気がしてます」
若手君が缶コーヒーを回しながら、
こっちを見た。
「何がキツいんです?」
「覚えられないことを、
受け入れられないことですかね」
「あー…」
「20代なら、
“新人だから”
で済むじゃないですか」
「まあ確かに」
「でも50代って、
前職では普通に仕事できてたわけですよ。
それが急に、
何回も同じこと聞く側になる」
「プライド的な?」
「たぶんそれもあります」
少し沈黙。
「あと、
50代って、
無駄に全体が見えるんですよ」
「全体?」
「もっとこうすれば、
新人混乱しないのになぁとか」
「ははは」
「でも、
自分には権限ないんですよ」
若手君が笑いながら頷いた。
「それはありますね」
「だから、
余計疲れるんですよ。
覚える以外のところで」
「なるほどなぁ」
僕は少し考えてから言った。
「だから最近、
対処法変えました」
「どうしたんです?」
「覚えようとしすぎない」
「え?」
「もちろん覚えますよ?
でも、
一発で完璧に覚えようとすると、
心が先に折れる」
「あー…」
「だから、
アンチョコ作る。
メモする。
同じこと聞く。
最初からそういう前提にする」
「開き直りですね」
「そうです。
50代は、
変な根性論が一番危ない気がします」
若手君が笑った。
「なんか、
学校の先生みたいですね」
僕も少し笑った。
「30年やってましたからね」
「精神論より仕組み化、みたいな」
「そうです。
気合いで覚えようとすると、
だいたい失敗する」
また少し沈黙。
「でも、
50代で新人やるのって、
結構勇気いりますよね」
若手君が急に真面目な顔で言った。
僕は少し笑った。
「まあ、
生活かかってますからね」
「いや、
普通にすごいと思いますよ」
その言葉を聞いて、
少しだけ肩の力が抜けた。
50代で仕事が覚えられない。
たぶん、
それ自体は仕方ないことなのだと思います。
しかし、
そこで自分を責め続けてしまうと、
人は先に心が折れてしまいます。
だから最近は、
メモを取る。
聞き返す。
仕組みに頼る。
完璧を求めすぎない。
そうした“戦い方”
に切り替えるようにしています。
若い頃のように、
気合いだけで乗り切ることは難しい。
しかし、
年齢を重ねたからこそ、
力の抜き方を覚えられるのかもしれません。
人生は何歳からでも立て直せる。
