「50代 転職活動編」 第5話 50代元教員が書類選考で落ち続けた話|不採用通知を見るのが怖かった日々

50代で転職活動をしていると、思った以上に心が削られる瞬間があります。

私の場合、それは書類選考の不採用通知でした。

面接で落ちるのもつらい。

でも書類選考で落ちるのは、また別の苦しさがあります。

会う前に終わる。

話を聞いてもらう前に終わる。

自分のことを何も伝えられないまま終わる。

当時の私は、不採用通知を見るたびに、自分自身まで否定されたような気持ちになっていました。

どこかで楽観的だった

転職活動を始めた頃の私は、どこかで楽観的でした。

教員として約30年働いてきた。

学級経営もしてきた。

保護者対応もしてきた。

部活動も頑張ってきた。

決して楽な仕事ではなかったし、自分なりに精一杯やってきたつもりでした。

だから正直なところ、

「どこか一社くらいは採用してくれるだろう」

そう思っていました。

ところが現実は甘くありませんでした。

応募しても応募しても返ってくるのは不採用通知ばかりだったのです。

不採用通知を見るのが怖くなった

最初の一社。

まあ仕方ないと思いました。

二社目。

縁がなかったのだろうと思いました。

三社目。

少し気になりました。

五社目。

だんだん嫌な予感がしてきました。

十社目。

さすがに心が重くなりました。

そして気がつくと、メールを開くのが怖くなっていました。

朝起きる。

スマホを見る。

企業からメールが届いている。

開く前から分かる。

良い知らせではない気がする。

恐る恐る開く。

「誠に残念ながら…」

その文字を見た瞬間、静かに画面を閉じる。

ため息をつく。

何もする気が起きなくなる。

そんな日が何度もありました。

自分の人生を否定された気がしていた

書類選考で落ちるというのは不思議な感覚でした。

面接で落ちるのとは少し違います。

面接なら少なくとも会ってもらえる。

話を聞いてもらえる。

自分という人間を見てもらえる。

しかし書類選考は違いました。

会う前に終わる。

自分の声も届かない。

自分の表情も伝わらない。

履歴書と職務経歴書だけで判断される。

だから当時の私は、

「自分の人生そのものを否定されている」

ような気持ちになっていました。

もちろん頭では分かっています。

企業は人格を否定しているわけではありません。

条件が合わなかっただけかもしれない。

求める経験が違っただけかもしれない。

それでも傷つく。

人間だからです。

転職市場で見られていたもの

特に私は教員しか経験してきませんでした。

転職市場の常識もほとんど知りませんでした。

教員の世界では、

「頑張ってきたこと」

が評価される場面が少なくありません。

しかし転職市場では少し違いました。

求められるのは、

「何を頑張ったか」

ではなく、

「その経験で何ができるのか」

でした。

当時の私は、その違いが分かっていませんでした。

職務経歴書には、

学年主任をしたこと。

部活動を指導したこと。

保護者対応をしてきたこと。

そうした実績を書いていました。

しかし企業が知りたいのは、

その経験によってどんな課題を解決できる人なのか。

どんな価値を提供できる人なのか。

ということだったのです。

今なら分かります。

でも当時は分かりませんでした。

だから不採用通知が届くたびに、

「自分には価値がないのではないか」

と思っていました。

それでも転職活動をやめなかった

これは今振り返ると、とても危険な状態だったと思います。

仕事が決まらないことと、自分の価値は別の話だからです。

しかし転職活動が長引くと、その二つが混ざってしまいます。

転職がうまくいかない。

↓

自信を失う。

↓

応募できなくなる。

↓

さらに結果が出ない。

そんな悪循環に入っていきます。

私も何度もその状態になりました。

求人サイトを開くだけで疲れる日がありました。

応募ボタンを押せない日もありました。

また落ちたらどうしよう。

また不採用通知を見ることになるかもしれない。

そう思うと手が止まるのです。

今思えば、かなり消耗していたのだと思います。

それでも完全にはやめませんでした。

一日中求人を探せる日もあれば、

何もできない日もありました。

応募できる日もあれば、

求人を見るだけの日もありました。

それでも転職活動そのものを終わらせませんでした。

結果が出る前には結果が出ない期間がある

当時は結果しか見えていませんでした。

採用か不採用か。

内定か不合格か。

しかし本当は違いました。

応募を続けていること。

立ち止まりながらでも前を向いていること。

それ自体が前進だったのです。

結果が出る前には、必ず結果が出ない期間があります。

でもその期間にいる時は、それが見えません。

だから苦しいのです。

私もそうでした。

しかし今なら言えます。

あの不採用通知の山は無駄ではありませんでした。

職務経歴書を書き直した。

自己PRを見直した。

自分の経験を言語化する練習をした。

何度も失敗した。

何度も落ち込んだ。

でも、その積み重ねが後の自分を助けてくれました。

この経験から学んだこと

転職活動が長引くと、結果と自分自身を重ねてしまうことがあります。

私も不採用通知が続いた頃は、「採用されない自分は価値がないのではないか」と考えていました。

でも今振り返ると、それは違いました。

企業が見ているのは、その会社との相性や条件です。

人としての価値そのものではありません。

だから私は、「結果は受け止める。でも自分まで否定しない」という考え方を少しずつ持つようになりました。

もちろん簡単ではありません。

落ち込む日もあります。

それでも、自分自身まで不採用にしないこと。

それは人生再建の途中で学んだ、とても大切なことでした。

今振り返ると見えていること

当時の私は、

「採用されること」

ばかり考えていました。

でも今振り返ると、本当に必要だったのは、

「自分の経験を相手に伝わる言葉に変えること」

でした。

そしてもう一つ。

不採用通知の数で、自分の価値を測らないことでした。

転職活動は、ときに人の心を削ります。

特に50代の転職活動では、

「もう遅いのではないか」

「自分なんて必要とされていないのではないか」

と思ってしまうこともあります。

でも実際は違います。

結果が出ていないだけで、価値がないわけではありません。

あの頃の僕へ

毎朝メールを見るのが嫌だったね。

スマホを開くたびに、胃のあたりが重くなっていたね。

でも大丈夫だ。

今の君が思っているほど、未来は暗くない。

君はまだ結果を知らないだけだ。

不採用通知ばかり見ていると、自分が否定されているように感じる。

でも本当は違う。

君の価値は、一通のメールで決まったりしない。

今は顔を上げられなくてもいい。

無理に元気にならなくてもいい。

ただ今日一日を過ごそう。

洗濯物を干しながら空を見上げるだけでもいい。

温かいコーヒーを飲むだけでもいい。

人生は劇的な一歩で変わることもあるけれど、多くの場合はそんな小さな一歩から動き始める。

だから安心してほしい。

君が思っているより、未来はちゃんと続いている。

ああ、人生は、何度でも立て直せる。

何歳からでも立て直せる。

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