転職活動をしていると、自分の職歴を説明する機会があります。
私も何度も聞かれました。
「これまでどんな仕事をしてきたのですか?」
最初の頃は、その質問があまり好きではありませんでした。
教員以外の仕事は短期間だったからです。
転職回数も増えていました。
だからどこか後ろめたさがありました。
しかし、ある面接で転職回数について聞かれた時、私は初めて気づくことになります。
それまでバラバラだと思っていた職歴に、一本の線が通っていたことに。
能力があれば何とかなると思っていた
懲戒免職になった直後の私は、意外と楽観的でした。
もちろん不安はありました。
ただ、それまでのキャリアには自信がありました。
30年以上教員として働いてきた。
管理職も経験した。
多くの子どもや保護者と関わってきた。
それなりに積み上げてきたものもある。
だから次の仕事もきっと見つかるだろう。
そんなふうに考えていました。
今思えば、その自信は教員として生きてきた年月そのものだったのだと思います。
ところが、その自信は思った以上に早く崩れることになります。
最初の内定取り消し
最初に内定をいただいたのは放課後子どもスクールでした。
面接も順調に進み、採用が決まりました。
私は心の底からほっとしました。
「何とかなるかもしれない」
そう思ったのを覚えています。
ところが翌日、一本の電話が入りました。
懲戒免職の事実が判明したため、内定を取り消すという内容でした。
私は懲戒免職を隠していたわけではありません。
面接で聞かれなかったので話さなかっただけでした。
しかし結果は変わりませんでした。
そして次に内定をいただいた職場でも、同じことが起きました。
その頃から少しずつ違和感を覚え始めます。
「あれ?」
「これは思っていたより深刻なのではないか」
そんな気持ちでした。
教員の色を抜いた方がいい
教員としての経験や実績よりも、懲戒免職という事実の方が重く見られている。
私はそこで初めて現実を理解しました。
教育関係での再就職は難しい。
少なくとも、自分が思っていたほど簡単ではない。
懲戒免職という過去は、想像以上に大きな壁だったのです。
そんな時、以前の記事でも書いた先輩に相談しました。
すると先輩はこう言いました。
「教員の色を一度抜いた方がいい」
「おもてなしのスキルを身につけた方がいい」
当時の私は少し戸惑いました。
教員として積み上げてきた経験こそ、自分の武器だと思っていたからです。
しかし今振り返ると、その助言は本質を突いていました。
私は教員として評価されることばかり考えていました。
けれど社会はもっと広い。
別の業界には別の価値観があり、別の評価基準があります。
そこに気づいてから、私は少しずつ転職活動の方向を変えていきました。
採用されることと受け入れられることは違った
教育関係だけにこだわらない。
履歴書も見直す。
面接で話す内容も変える。
応募先も広げる。
すると状況が変わり始めました。
書類選考を通過するようになりました。
面接にも呼ばれるようになりました。
教員時代と同程度の年収を提示してくれる企業も出てきました。
大手企業の選考に進むこともありました。
ところが、そこで新しい壁が現れました。
内定取り消しです。
面接は通る。
評価もされる。
内定も出る。
それなのに最後の最後で取り消しになる。
その繰り返しでした。
不採用よりもつらかったのは、期待してから失うことでした。
ようやく生活を立て直せるかもしれない。
そう思った直後に白紙に戻る。
その落差は想像以上でした。
内定取り消しを防ぐ方法について調べたこともあります。
弁護士の先生に相談したこともありました。
しかし私がたどり着いた結論は、とてもシンプルなものでした。
確実な方法はない。
企業によって考え方は違う。
調べるタイミングも違う。
判断基準も違う。
結局のところ、こちらだけで完全にコントロールできる問題ではなかったのです。
そして私は少しずつ考え方を変えていきました。
どうすれば採用されるか。
ではなく、
どこなら自分を受け入れてくれるのか。
という視点です。
これは大きな違いでした。
採用されることだけを目的にすると、相手に合わせ続けることになります。
しかし受け入れてくれる会社を探すなら、自分自身も判断する立場になります。
過去を知った上で評価してくれる会社。
経験を見てくれる会社。
これからを見てくれる会社。
そんな会社を探そうと思うようになりました。
結果として、その後私は今の職場と出会うことになります。
この経験から学んだこと
人生には、自分ではどうにもできない壁があります。
努力すれば必ず報われるとは限りません。
能力があっても評価されないことがあります。
私にとっては、それが懲戒免職という過去でした。
当時は何とかして壁を乗り越えようとしていました。
でも今振り返ると、本当に必要だったのは壁を壊すことではありませんでした。
壁があっても受け入れてくれる場所を探すことでした。
だから私は、「認められること」よりも「受け入れられること」を大切に考えるようになりました。
人生再建も同じです。
自分を無理に変えて評価を得るより、自分を理解してくれる場所を探す方が長く続くことがあります。
今振り返ると見えていること
当時の私は、「能力があれば何とかなる」と考えていました。
しかし現実はもっと複雑でした。
能力だけでは越えられない壁もあります。
過去によって評価されることもあります。
努力だけでは解決できないこともあります。
ただ、それは人生の終わりを意味するわけではありません。
大切なのは、自分を否定しないことです。
受け入れてくれる場所は必ずあります。
時間はかかるかもしれません。
遠回りになるかもしれません。
それでも探し続ける価値はあります。
私はそのことを転職活動を通して学びました。
あの頃の僕へ
何度も内定が取り消されて、不安だったよね。
またダメかと思ったよね。
自分はもう社会に必要とされていないんじゃないか。
そんなことを考えた夜もあったと思う。
でも安心してほしい。
君が否定されていたわけじゃない。
ただ、君を受け入れる準備ができていない会社が多かっただけなんだ。
だから焦らなくていい。
無理に自分を変えなくていい。
少しずつ前に進めばいい。
その先で、ちゃんと君を見てくれる場所と出会えるから。
今はまだ信じられないかもしれない。
でも、その日は本当に来るよ。
ああ、人生は、何度でも立て直せる。
何歳からでも立て直せる。
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