「50代 転職活動編」 第8話 点だった職歴が線になった日|転職回数を聞かれて初めて気づいたこと

転職活動をしていると、自分の過去を説明しなければならない場面があります。

特に転職回数が増えてくると、

「なぜ転職を繰り返したのですか?」

という質問は避けて通れません。

私も何度も聞かれました。

そのたびに言葉に詰まっていました。

もちろん理由はあります。

でも、うまく説明できなかったのです。

もし今、職歴を見ながら

「自分は遠回りばかりしてきたな」

と感じている人がいたら、この記事は少し参考になるかもしれません。

なぜなら私自身が、そう思っていた一人だったからです。

転職回数を聞かれるたびに苦しくなった

転職活動を始めてしばらく経った頃。

書類選考は相変わらず厳しかったのですが、応募を続けるうちに少しずつ面接に呼ばれることが増えてきました。

10社応募して1社か2社。

そんなペースではありましたが、面接の機会をいただけるようになりました。

ところが、面接に進むようになると、今度は別の壁が現れました。

かなりの確率で聞かれる質問があったのです。

「転職回数が多いようですが、理由を教えてください」

これは面接官として当然の質問だと思います。

私が面接官でも聞くと思います。

履歴書だけを見れば、職歴は決して一直線ではありませんでした。

教員。

高級旅館。

個人営業。

法人営業。

一見するとバラバラで、一貫性がないようにも見えます。

だから最初の頃は、この質問が苦手でした。

何とか説明しようとする。

うまく伝えようとする。

でも自分でもどこか納得できていない。

そんな状態でした。

面接官をごまかすことはできても、自分をごまかすことはできません。

今振り返ると、当時の私は職歴を説明しようとしていました。

でも本当に必要だったのは、人生を説明することだったのだと思います。

職歴を書き出してみたら見えてきたもの

ある時、これまでの転職を紙に書き出してみました。

教員を辞めた後、なぜ旅館に行ったのか。

なぜ営業を学ぼうと思ったのか。

なぜ法人営業に挑戦したのか。

すると不思議なことに気づきました。

私はバラバラに転職していたわけではありませんでした。

ずっと同じ方向を向いていたのです。

教員時代から私は、人の役に立ちたいという気持ちが強くありました。

誰かの成長を支えたい。

困っている人を助けたい。

喜んでもらいたい。

その気持ちは教員を辞めても変わりませんでした。

だから高級旅館に行きました。

先に転職していた先輩から、

「まずは教員の色を抜いて、おもてなしを学んでみたらどうか」

と助言をもらったからです。

旅館での仕事は本当に勉強になりました。

相手が何を求めているのか。

どうすれば気持ちよく過ごしていただけるのか。

相手の立場に立って考えることを徹底的に学びました。

失敗に見えた経験にも意味があった

次に挑戦したのが個人営業でした。

これも先輩の助言でした。

「仕事の基礎は営業だよ」

そう言われて飛び込みました。

成果を出せたとは言えません。

苦しいこともたくさんありました。

それでも、自分から価値を伝えること、人と信頼関係を築くことの大切さを学びました。

結果として代理店の話までいただきました。

しかし私は、その時の自分にはまだ早いと判断しました。

そして次に出会ったのが法人営業でした。

災害に強い日本を作ろうと活動している社長との出会いでした。

九州中を一緒に回りました。

営業の厳しさも学びました。

社会に貢献する事業の面白さも学びました。

九州営業の中心を任せたいと言っていただいた矢先、会社は撤退を決断しました。

東北へ移る選択肢もありました。

しかし私は地元で働きたい気持ちが強かったのです。

だからその道は選びませんでした。

そこまで振り返った時でした。

私は初めて気づきました。

転職回数が多かったのではありません。

私はずっと同じものを探していたのです。

人の役に立ちたい。

誰かに喜んでもらいたい。

社会に貢献したい。

その思いを形にできる場所を探していただけでした。

自分の物語を語れるようになった

それから私は面接で話す内容を変えました。

職歴を説明するのではなく、自分のストーリーを話すようにしたのです。

なぜ旅館だったのか。

なぜ営業だったのか。

そこで何を学んだのか。

そして今後どんな形で役に立ちたいのか。

それを自分の言葉で話すようになりました。

不思議なことに、面接官の反応は大きく変わりました。

もちろん話し方が上手になった部分もあるでしょう。

しかしそれ以上に、自分自身が納得して話せるようになったことが大きかったと思います。

人は意外と、自分の人生を説明できません。

私もそうでした。

転職回数ばかり気にしていました。

履歴書の見た目ばかり気にしていました。

でも本当に大事だったのは、

「私は何を大切にして生きてきたのか」

だったのです。

それが見えてくると、応募する会社の見方も変わりました。

年収や条件を見ることはもちろん大切です。

しかしそれだけでは長く続きません。

自分の価値観と少しでも重なる場所。

自分の物語の続きを書けそうな場所。

そんな視点で仕事を見るようになりました。

今思えば、書類通過率や面接通過率が上がった理由の一つはそこにあったのかもしれません。

この経験から学んだこと

私は長い間、転職回数そのものが問題だと思っていました。

でも実際は違いました。

問題だったのは、自分自身がその経験の意味を理解していなかったことでした。

人は失敗や遠回りをすると、その出来事だけを切り取って見てしまいます。

私も旅館を辞めたこと、営業で苦労したこと、転職を繰り返したことをマイナスに考えていました。

しかし振り返ってみると、その一つひとつが今の自分につながっていました。

だから私は、うまくいかなかった経験ほど一度並べて眺めてみることが大切だと考えるようになりました。

その時は意味が分からなくても、後になって一本の線として見えてくることがあるからです。

今振り返ると見えていること

当時の私は、転職回数を弱みだと思っていました。

だから隠したかったですし、できれば聞かれたくありませんでした。

でも今なら分かります。

問題だったのは転職回数ではありませんでした。

自分自身が、その意味を説明できていなかったことでした。

もし転職活動で悩んでいる人がいるなら、一度これまでの仕事や経験を書き出してみてほしいです。

そして、その時々で何を大切にしていたのかを振り返ってみてください。

もしかしたら、失敗や遠回りだと思っていた出来事の中に、自分だけの一本の線が見つかるかもしれません。

人生は前を向いている時よりも、振り返った時に意味が見えてくることがあります。

私にとって転職回数は、隠したい過去ではありませんでした。

自分が何を大切に生きてきたかを教えてくれる足跡だったのです。

あの頃の僕へ

転職回数を聞かれるたびに、少し肩をすくめていたね。

履歴書を見るたびに、遠回りばかりしてきた人生のように感じていたね。

でも安心してほしい。

君は道に迷っていたわけじゃない。

ただ、自分が歩いてきた道の意味に、まだ気づいていなかっただけだ。

旅館で学んだおもてなしも。

営業で学んだ人との向き合い方も。

思うように結果が出なかった日々も。

全部、今の君をつくっている。

点だと思っていた出来事は、いつか線になる。

そしてその線は、これから先の仕事選びや生き方の支えになる。

だから焦らなくていい。

今はまだ見えなくても大丈夫だ。

いつか振り返った時、

「ああ、自分なりによくやってきたな」

と笑える日が来る。

その日まで、どうか自分を信じて歩いてほしい。

ああ、人生は、何度でも立て直せる。

何歳からでも立て直せる。

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