懲戒免職になると、
人生は想像以上に変わります。
収入だけではありません。
立場も、
信用も、
人間関係も、
一気に崩れます。
私は30年間、
教員として働いてきました。
長い間、
「これが自分の人生だ」
と思っていた仕事でした。
でも、
ある日を境に、
その肩書きを失いました。
最初に感じたのは、
強烈な喪失感でした。
朝起きても、
行く場所がない。
長年続けてきた“日常”が、
突然なくなる。
これは、
想像していた以上に苦しかったです。
特につらかったのは、
「社会とのつながり」が切れた感覚でした。
教員時代は、
毎日誰かと話し、
役割があり、
必要とされている感覚があった。
でも、
それが一気になくなる。
人は、
肩書きだけで生きているわけではない。
そう思っていました。
でも実際には、
自分が思っていた以上に、
私は“教員という立場”に支えられていたんです。
だから、
それを失った時、
「自分には何も残っていないんじゃないか」
そんな感覚になりました。
もちろん、
経済的不安も大きかったです。
50代で、
肩書きを失う。
これはかなり現実的に厳しい。
転職市場では若くない。
新しい環境では新人。
覚えるのも遅い。
プライドだけは傷ついている。
正直、
何度も落ち込みました。
でも、
人生が崩れたことで、
逆に見えたものもあります。
それは、
“肩書きがなくなった後に残るもの”
です。
例えば、
習慣。
私は長年、
中国武術の形意拳を続けてきました。
苦しい時でも、
立ち方だけは崩さない。
呼吸を整える。
前へ出る。
それは、
技術というより、
生き方に近かったのかもしれません。
そしてもう一つ、
家族の存在です。
正直、
申し訳なさは今もあります。
でも、
人生が崩れた時、
最後まで残る関係の大切さを、
私は初めて本当の意味で理解しました。
失って初めて分かることは多い。
肩書きも、
収入も、
社会的立場も、
絶対ではありません。
人生は、
本当に一瞬で変わることがあります。
だから私は今、
以前より強く思っています。
「組織の肩書きだけで、自分の価値を決めてはいけない」
と。
もちろん、
仕事は大事です。
社会とのつながりも大事です。
でも、
肩書きが消えた瞬間、
人生まで終わってしまうような生き方は、
危うい。
私は、
かなり遠回りして、
それに気づきました。
今も、
人生再建の途中です。
不安はあります。
将来も怖い。
でも、
ゼロになったわけではありませんでした。
残ったものも、
確かにある。
そして、
残ったものを使って、
もう一度立ち上がることはできる。
私は今、
そう信じています。
人生は、何歳からでも立て直せる。
