立て直しは、誰かのことを思い出した時に始まっているのかもしれない

先日、洗濯物を取り込んでいました。

特別なことがあったわけではありません。

晴れていて、少し風があって、いつも通りの午後でした。

そんな時、ふと昔の友人の顔が浮かんできました。

「そういえば、あの人元気かな」

本当にそれだけです。

連絡を取ろうと思ったわけでもありません。

何か用事があったわけでもありません。

ただ、何年も会っていない友人のことを思い出したのです。

その瞬間、自分でも少し不思議な気持ちになりました。

なぜなら、少し前の私はそんなことを考える余裕がなかったからです。

自分のことで精一杯だった頃

懲戒免職になった直後の私は、毎日が精一杯でした。

これからどうなるのか。

生活はどうするのか。

仕事は見つかるのか。

家族に迷惑をかけないだろうか。

そんなことばかり考えていました。

正直に言えば、人のことを気にかける余裕などありませんでした。

誰かを嫌いになったわけではありません。

友人との縁が切れたわけでもありません。

ただ、自分を支えるだけで精一杯だったのです。

だから、洗濯物を取り込みながら友人のことを思い出した時、

「あれ?」

と思いました。

そして、こんなことを考えました。

もしかしたら、これは回復のサインなのかもしれない。

立て直しは、意外と地味な形でやってくる

人生を立て直すというと、何か大きな変化を想像しがちです。

新しい仕事が決まる。

収入が増える。

資格を取る。

目標を達成する。

もちろん、それらも大切です。

でも実際には、人はそんなに劇的には変わらないのかもしれません。

少なくとも私はそうでした。

振り返ってみると、立て直しの途中で起きた変化はどれも小さなものでした。

朝少し早く起きられるようになる。

散歩に出られるようになる。

部屋を片付ける気になる。

笑えるようになる。

そして、誰かのことを思い出すようになる。

どれも人に話すほどの出来事ではありません。

SNSに投稿するようなことでもありません。

でも、その小さな変化が少しずつ積み重なって、自分を前へ運んでくれていたような気がします。

誰かを思い出せるのは、少し余裕が戻った証拠

人は本当に苦しい時、自分のことで精一杯になります。

それは弱さではありません。

生き延びるために必要なことです。

だから、もし今のあなたが誰のことも考えられなくても大丈夫です。

まずは自分を守ることが先です。

眠ること。

食べること。

今日一日を終えること。

それだけでも十分です。

でも、ある日ふと誰かの顔が浮かんできたら。

「あの人元気かな」

と思えたら。

それは案外、心が少しずつ元の力を取り戻しているサインなのかもしれません。

洗濯物を取り込みながら気づいたこと

人生は派手な変化だけで前に進むわけではありません。

誰にも気づかれないような小さな変化の積み重ねで、少しずつ立て直されていくものなのだと思います。

洗濯物を取り込んでいたあの日。

私は友人のことを思い出しました。

そして同時に、自分自身も少しずつ戻ってきているのかもしれないと思いました。

立て直しは、大きな成功から始まるとは限りません。

転職が決まった時でもなければ、収入が増えた時でもない。

誰かのことを思い出した時に、静かに始まっていることもあるのだと思います。

もし今、人生を立て直している途中にいるなら、自分の中の小さな変化を見逃さないでください。

その変化は、あなたが思っている以上に大切な一歩かもしれません。

ああ、人生は、何度でも立て直せる。

何歳からでも立て直せる。

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