先日、職場でこんな話がありました。
私が働くホテルでは、旅行会社経由で予約されたお客様の中に、すでに旅行代金を支払っている方がいます。
その場合、ホテルは旅行会社へ宿泊代金を請求することになります。
ところが、この売掛金額が時々合わないことがあります。
私は以前から、
「人が頑張って確認するのではなく、ミスが起きにくい仕組みを作れないだろうか」
と考えていました。
そんな中、場長から新しい運用方法が発表されました。
「今後はチェックアウト前日の夜に、売掛一覧と予約情報を照合し、間違いがないか確認する」
というものです。
話を聞いた瞬間、私はこう思いました。
「あれ? また仕事が増えるのか……」
と。
もちろん、売掛ミスをなくしたいという目的は分かります。
私自身もミスは減らしたいと思っています。
ただ、その時に感じた違和感がずっと頭の中に残りました。
そして考えているうちに、その違和感の正体が少しずつ見えてきたのです。
もちろん場長も悪気があるわけではない
ここで誤解してほしくないのですが、私は場長を批判したいわけではありません。
むしろ場長は真面目に問題を解決しようとしているのだと思います。
売掛ミスが発生する。
だから確認作業を増やす。
理屈としては自然です。
実際、多くの職場で同じようなことが行われています。
問題が起きる。
だから会議を増やす。
報告書を増やす。
チェック項目を増やす。
ルールを増やす。
改善しようとする人ほど、一生懸命に何かを追加しようとします。
でも私は、その光景を見ながら、
「本当にそれが改善なのだろうか」
と思ってしまうのです。
なぜ人は「足し算」で改善しようとするのか
改めて考えてみると、人間は不足しているものを探すのが得意です。
問題が起きると、
「何が足りなかったのか」
を考えます。
確認が足りなかったのではないか。
共有が足りなかったのではないか。
ルールが足りなかったのではないか。
すると自然に、
何かを追加する方向へ向かいます。
これはとても分かりやすい改善です。
しかし、その結果として現場では別のことが起こります。
追加された仕事は消えません。
会議が一つ増える。
チェック表が一つ増える。
報告書が一つ増える。
そして翌年には、さらに一つ増える。
気付けば、本来の仕事よりも確認作業の方が増えている。
そんな状況さえ生まれてしまいます。
私は学校現場でも同じものを見ていた
実は、この感覚には覚えがあります。
私は30年以上、学校現場で働いていました。
学校でも問題が起きるたびに、
新しい会議が増えました。
新しい記録が増えました。
新しい報告書が増えました。
もちろん、どれも必要な理由があります。
いじめを防ぐため。
事故を防ぐため。
情報共有をするため。
一つ一つは間違っていません。
でも、それらは積み重なっていきます。
気付けば先生たちは、
子どもと向き合う時間よりも、
会議や書類に追われる時間が増えていました。
今振り返ると、
あの時の私は、
ずっと同じ違和感を抱いていたのだと思います。
本当の仕組み化とは何だろう
私は最近、「仕組み化」という言葉をよく使います。
アンチョコを作る。
やることリストを作る。
仕事を見える化する。
これらも仕組み化です。
でも目的は仕事を増やすことではありません。
むしろ逆です。
覚えることを減らす。
迷うことを減らす。
考えることを減らす。
ミスを減らす。
つまり、
何かを足すためではなく、
何かを減らすために仕組みを作るのです。
私はこれこそが、本当の意味での仕組み化だと思っています。
なぜ私は足し算の改善に違和感を覚えるのか
そんなことを考えているうちに、一つの答えにたどり着きました。
私は長年、中国武術の形意拳を続けています。
形意拳では、余計な力を抜きます。
余計な動きを削ります。
派手な技を増やしていくのではありません。
本質だけを残していくのです。
五行拳という五つの基本がありますが、それも最終的には一つの動きへと集約されていく感覚があります。
強くなるために増やすのではなく、
本質を残すために削る。
もしかすると私は、その考え方に長年親しんできたからこそ、
足し算ばかりの改善に違和感を覚えるのかもしれません。
人生再建も同じだった
考えてみれば、人生再建も同じでした。
私は人生を立て直すために、何か特別な才能を手に入れたわけではありません。
資格をたくさん取ったわけでもありません。
むしろ、
無駄な見栄を減らした。
無駄なプライドを減らした。
無駄な思い込みを減らした。
そうやって少しずつ身軽になってきました。
人は問題が起きると、
もっと頑張ろうとします。
もっと勉強しようとします。
もっと我慢しようとします。
でも本当に必要なのは、
何を増やすかではなく、
何を減らすかを考えることなのかもしれません。
おわりに
今回の職場での出来事は、小さな出来事です。
でも私に一つの気付きを与えてくれました。
改善とは、本当に足し算なのだろうか。
会議を増やし、
ルールを増やし、
チェックを増やし続けることが、
本当に良い改善なのだろうか。
もちろん、何かを追加することが必要な場面もあります。
しかし同時に、
「何をやめるか」
「何を削るか」
を考えることも大切なのではないでしょうか。
最近の私はそう思っています。
本質だけを残す。
余計なものを削る。
仕事も、人生も、その方がずっと楽になるのかもしれません。
人生は何歳でも建て直せる。
何度でも建て直せる。
