50代の転職がつらい本当の理由|私は「故郷」を探し続けていた

50代の転職が難しい理由として、

「仕事が覚えられない」

「若い人についていけない」

「ワーキングメモリーが減る」

そんな話をよく聞きます。

もちろん、それもあるのでしょう。

私も転職したばかりの頃は、メモ帳とペンが手放せませんでした。

聞いたことを必死に書き留め、アンチョコを作り、やることリストを作りながら仕事を覚えていました。

でも最近になって思うのです。

50代の転職がつらい本当の理由は、能力の問題だけではないのではないかと。

それは、長年生きてきた「自分の世界」を離れることなのかもしれません。

## 転職は「引っ越し」ではなく「故郷を離れること」

私は30年以上教員として働いていました。

職員室に入れば、その日の空気で学校の様子がなんとなくわかる。

学年会で何を話し合うべきかもわかる。

保護者から電話が来ても、ある程度先が読める。

運動会や文化祭が近づけば忙しくなることも知っている。

良くも悪くも、その世界の住人でした。

30年もいると、そこは単なる職場ではありません。

一つの世界になります。

そこには仲間がいて、常識があり、価値観があり、自分の居場所があります。

今振り返ると、教員という仕事は私にとって故郷だったのだと思います。

だから転職は単なる転職ではありませんでした。

新しい会社への引っ越しではなく、長年暮らした故郷を離れることだったのです。

故郷を離れるのが寂しいのは当たり前です。

慣れ親しんだ景色もありません。

知り合いもいません。

自分がどこに立っているのかさえわからなくなる。

50代の転職が苦しいのは、能力が落ちたからだけではなく、この感覚も大きいのではないかと思うようになりました。

## 昔、元校長先生たちを見て思っていたこと

私は以前、教育委員会で社会教育の仕事をしていました。

地域のサークルや講座に参加する高齢者の方々と関わる機会もたくさんありました。

そこには元校長先生や元公務員の方も多くいました。

もちろん素敵な方もたくさんいました。

一方で、なかなか周囲になじめない人もいました。

「俺は元校長だ」

「俺は元公務員だ」

そんな雰囲気を漂わせている人たちです。

当時の私は正直に思っていました。

なぜ切り替えられないのだろう。

なぜ今を楽しめないのだろう。

なぜいつまでも昔の肩書きにこだわるのだろう。

でも人生が大きく変わった今なら、少し違う見方ができます。

あの人たちは肩書きに執着していたのではなかったのかもしれません。

故郷を失っていたのです。

長年生きてきた世界。

長年認められてきた世界。

自分の存在価値を感じられた世界。

そこから離れたあと、新しい居場所を作れなかった。

だから心だけが昔の世界に残っていたのかもしれません。

## 私も同じだった

実は転職した後の私も同じでした。

新しい仕事を覚えようとしていました。

でも心のどこかでは、ずっと教員だった頃の自分を探していました。

教員ならできたのに。

教員だったら評価されたのに。

教員だったら、こんな失敗はしなかったのに。

そんなことを何度も考えていました。

新しい世界に入ったつもりで、実はずっと後ろを振り返っていたのです。

だから苦しかった。

だから前に進めなかった。

今ならそう思います。

## 新しい職場は外国みたいだった

ホテル業界に入った頃のことです。

何もかもが違いました。

専門用語が違う。

優先順位が違う。

仕事の流れが違う。

若い社員が当たり前に話していることが理解できない。

説明を聞いても頭に入らない。

自分だけ取り残されているような気持ちになる。

昨日までベテランだった人間が、今日から新人になる。

これは思った以上にしんどい経験でした。

ある時ふと思いました。

「ああ、自分は外国に来たんだな」と。

言葉も文化も違う国に来たような感覚でした。

そう考えると少し楽になりました。

できなくて当たり前だったのです。

だって私は、この国の一年生だったのですから。

## 一本の柱を探し続けていた

人生が大きく変わった後、私は長い間、一つの思いに縛られていました。

もう一度、大きな柱を建てなければ。

教員時代のような大きな柱を。

安定した収入。

社会的な立場。

やりがい。

そんなものをもう一度手に入れなければ。

そう思っていました。

でも最近は少し考え方が変わりました。

人生は一本の柱で支えなくてもいいのではないか。

そう思うようになったのです。

本業があります。

ブログがあります。

副業があります。

そして将来は年金もあります。

一本の巨大な柱ではなく、複数の柱で支える人生。

それも一つの生き方なのだと思えるようになりました。

## 今の世界を生きている

不思議なものです。

以前は、失った人生を探しているような感覚がありました。

教員だった頃の人生。

あの世界。

あの場所。

あの自分。

どこかで取り戻せるのではないかと思っていました。

でも最近は違います。

仕事をして。

ブログを書いて。

形意拳を続けて。

コーヒーを飲みながら一日を振り返る。

そんな毎日を、ちゃんと自分の人生だと感じられるようになってきました。

不思議ですよね。

人は新しい仕事を覚えることよりも、昔の自分を手放すことの方が難しかったりするんです。

仕事が覚えられないから苦しいと思っていたのに、

実は、もう戻れない世界を探していたから苦しかった。

そんなこともあるのかもしれません。

50代の転職がつらいのは、能力が落ちたからだけではありません。

長年生きてきた故郷を離れるからです。

だから苦しいのは当たり前です。

もし今、転職後の違和感や孤独に悩んでいる人がいるなら伝えたい。

あなたはダメになったのではありません。

新しい世界に根を張ろうとしている途中なのかもしれません。

昔の人生には戻れませんでした。

でも気づいたら、今の人生をちゃんと生きていました。

それも悪くないなと思っています。

ああ、人生は、何度でも立て直せる。

何歳からでも立て直せる。

人生再建、継続中です。

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