大丈夫なふりをしていたのは、自分だった|50代で気づいた心のクセ

「大丈夫です。」

昔の私は、この言葉をよく使っていました。

仕事を頼まれた時。

本当は困っている時。

疲れている時。

しんどい時。

限界が近い時ですら、

「大丈夫です。」

そう答えていました。

周りから見れば、真面目な人だったと思います。

責任感がある人に見えていたかもしれません。

でも本当は違いました。

私は大丈夫ではありませんでした。

ただ、大丈夫なふりをしていただけだったのです。

そして今振り返ると、その「大丈夫なふり」は、周りを安心させるためではなく、自分自身をごまかすためだったような気がしています。

もし今、

仕事がつらい。

頑張っているのに苦しい。

誰にも弱音を吐けない。

そんな状態なら、この記事が少しだけ役に立つかもしれません。

結論|苦しさを長引かせていたのは問題そのものではなく「大丈夫なふり」だった

最初に結論を書きます。

私が長い間苦しかった理由は、仕事が大変だったからだけではありません。

人生が思い通りにならなかったからだけでもありません。

本当の問題は、

「苦しいことを認められなかったこと」

でした。

私はずっと解決策を探していました。

もっと頑張ればいいのか。

もっと勉強すればいいのか。

もっと我慢すればいいのか。

もっと努力すればいいのか。

でも今なら分かります。

必要だったのは答えを探すことではなく、

「自分は苦しい」

と認めることでした。

私は考えることで自分を守っていた

私は昔から、どちらかと言えば考える人間でした。

問題が起きたら分析する。

原因を探す。

改善策を考える。

次は失敗しない方法を考える。

それ自体は悪いことではありません。

むしろ仕事では役に立つことも多かったと思います。

でも、いつの頃からか私は、

感じる代わりに考えるようになっていました。

苦しい。

なぜ苦しいのだろう。

改善策は何だろう。

次はどうすればいいだろう。

こんなふうに。

一見すると前向きです。

でも実際は違いました。

私は「苦しい」という感情を感じないようにしていただけだったのです。

教員時代も同じだった

教員をしていた頃もそうでした。

問題を抱えた子どもがいる。

保護者対応がある。

会議がある。

授業準備がある。

仕事は次から次へとやってきます。

忙しいのは当たり前。

しんどいのも当たり前。

だから頑張る。

そう思っていました。

でも今振り返ると、

本当は疲れていました。

本当は苦しかった。

本当は不安だった。

それでも私は、

「大丈夫です。」

と言い続けていました。

そして苦しい気持ちを感じる代わりに、

どう改善するかばかり考えていました。

転職後も同じクセを繰り返していた

転職してホテルで働き始めた時も同じでした。

英語が飛び交う職場。

接客。

精算。

予約管理。

覚えることだらけです。

毎日が必死でした。

それなのに私は、

「分かりません。」

と言えませんでした。

「大丈夫です。」

と言ってしまう。

「できます。」

と言ってしまう。

でも頭の中はパンク寸前でした。

ある日、若いスタッフが自然にこう言いました。

「すみません、分からないので教えてください。」

私は少し驚きました。

なぜなら、その言葉がとても自然だったからです。

そして気づきました。

無理をしていたのは職場ではなく、自分自身だったのです。

ブログが書けなかった理由も同じだった

実はブログもそうでした。

私はWordPressを契約してから、実際にブログを書き始めるまで1年以上かかりました。

本はたくさん読みました。

ブログの本。

文章術の本。

マーケティングの本。

ChatGPTの本。

知識だけは増えていきました。

でも書けませんでした。

当時は、

意志が弱いからだ。

継続力がないからだ。

そう思っていました。

でも違いました。

今なら分かります。

私はブログが書けなかったのではありません。

人生全体が苦しくて余裕がなかったのです。

苦しさを認めず、

解決策ばかり探していました。

だから前に進めなかったのです。

知識が増えても楽にならない理由

これは私自身の反省でもあります。

苦しい時ほど、人は答えを探します。

本を読む。

動画を見る。

情報を集める。

勉強する。

私もそうでした。

もちろん知識は大切です。

でも、ある時気づいたのです。

私は答えを探しているようで、

感情から逃げていたのではないか。

と。

熱があるのに、

体温を測らず薬だけ探している。

そんな状態でした。

まず必要だったのは、

「熱がある」

と認めることだったのです。

私が少し楽になれた方法

特別な方法ではありません。

むしろ地味なことです。

まず、

「大丈夫じゃない」

と認めるようにしました。

疲れている。

不安だ。

しんどい。

焦っている。

それを否定しない。

まず認める。

次に、

全部を頭の中で抱え込むのをやめました。

やることリストを書く。

アンチョコを作る。

メモを残す。

仕組みを作る。

これは仕事術の話に見えますが、実際は違います。

自分を守る方法でした。

完璧な自分を目指すのではなく、

不完全な自分でも回る環境を作る。

それが大きかったと思います。

竹は強風に逆らわない

私は形意拳が好きです。

そして竹を見るのも好きです。

竹は強そうに見えます。

でも実際は違います。

風が吹けばしなります。

揺れます。

力を逃がします。

無理に抵抗しません。

だから折れにくい。

昔の私は逆でした。

何でも受け止めようとしていました。

全部抱え込もうとしていました。

弱音を吐かない。

迷惑をかけない。

期待に応える。

でも、それではいつか折れてしまいます。

竹のように少し力を抜く。

しなる。

助けを借りる。

それも立派な強さなのだと思います。

自分を責める前にやってみてほしいこと

もし今、

仕事がつらい。

人生がしんどい。

ブログが続かない。

そんな状態なら、一度だけ自分に聞いてみてください。

どうすれば解決するだろう。

ではありません。

本当は何が苦しいのだろう。

本当は何が怖いのだろう。

本当は何を我慢しているのだろう。

そう聞いてみてください。

すぐに答えが出なくても大丈夫です。

問いを持つだけでも十分です。

私自身、そこから少しずつ変わり始めました。

まとめ

私は長い間、大丈夫なふりをしていました。

そして苦しい時ほど考えていました。

改善策を探していました。

答えを探していました。

でも本当に必要だったのは、

苦しさを認めることでした。

大丈夫じゃない日があってもいい。

疲れる日があってもいい。

不安な日があってもいい。

それを認めた時、人は少しずつ立て直せるのだと思います。

もし今、頑張っているのに苦しいなら、自分を責めないでください。

解決策を探す前に、まずは自分の声を聞いてみてください。

そこから見えてくるものがあります。

私はそうやって少しずつ前へ進めるようになりました。

人生は何歳からでも建て直せる。

何度でも建て直せる。

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