今日、8月からの人事が発表された。
同じ時期に入社した年下の女性が、8月からフロントマネージャーに任命されることになった。
私の上司になる。
発表を聞いた瞬間、自分でも少し驚いた。
悔しくなかったのである。
もちろん、負け惜しみではない。
むしろ、「よかった」と思った。
彼女は韓国語が話せる。
仕事も覚えるのが早い。
韓国の会社という、この職場の環境を考えれば、会社が彼女を選ぶ理由はよく分かる。
私がその立場になっても、韓国語も話せないし、会社の期待に応えられたかは分からない。
そんなことまで考えていた。
教員だった頃の私なら、どうだっただろう。
年下に先を越された。
自分の方が年上なのに。
そんな気持ちが、どこかにあったかもしれない。
でも今日は違った。
彼女には彼女の役割がある。
私には私の役割がある。
そう思えた。
考えてみると、この数年間で、私はずいぶんいろいろな仕事を経験してきた。
懲戒免職になり、何度も転職を繰り返し、そのたびに一から仕事を覚えた。
年下の先輩に教わることも珍しくなかった。
最初は戸惑った。
でも、それを繰り返すうちに、「年齢」と「役割」は別のものだと自然に思えるようになった。
適任の人が、その役割を担う。
それだけのことなのだ。
今日、人事発表を聞きながら、そんなことを考えていた。
私もずっと、
「仕事さえ決まれば」
「収入さえ戻れば」
人生は立て直ると思っていた。
でも、本当に立て直ってきた証拠は、こういうところに表れるのかもしれない。
人と比べなくなること。
自分の居場所を、誰かと競って決めようとしなくなること。
そんな自分になれていたことが、今日一番うれしかった。
以前より、少しだけ穏やかに仕事ができるようになった。
それだけでも、この数年間は無駄ではなかったのだと思う。
あの日の私が目指していたのは、「元の人生に戻ること」でした。
でも、本当に必要だったのは、そうではありませんでした。
人生は、元に戻ることではありませんでした。
昔と同じ自分になることでもありませんでした。
少しずつ違う景色を受け入れながら、
また前を向いて歩けるようになることでした。
ああ、人生は、何度でも立て直せる。
何歳からでも立て直せる。
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